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【岐立する詩人になる方法】

水で書かれた詩。乾いた後に残るものは。

適切な言葉の組みあわせが持つ、詩のふくらみ。言葉の背後にひろがっていた沈黙の厚み。
言葉では言い尽くせず断念したやりきれなさと、それでも書かずにはいられなかったおもいのたけとが衝突。
その爆音は沈黙。くぐりぬけて、くぐりぬけた言葉が詩なの。

朗読すると、沈黙の深度がよくわかる。
発声された言葉のしっぽが沈黙を連れてくるから。

ところで、トウキョウあたりでは、朗読とポエトリーリーディングはジャンルわけされているらしい。
その細かな定義はよくわからないので、ここでは朗読と表記するね。
現代詩の界隈では、実のところ朗読論争があるんだって。声にだすことを否定している詩人もいるの。
わたしは、いい詩というのは、テキストとしても、朗読もどちらもが素晴らしいものだと思ってる。

では、いい詩とは、いい朗読とはどうすればできるのか。
やってみるしか方法はないのよね。誰も変わりにやってくれない。

美味しい料理をつくりたい、と思っても、いきなりつくれるわけじゃないよね。試行錯誤して、失敗もして。
でも味覚は人それぞれで、好き嫌いだってあるわけで。それは詩でもいっしょ。
はじめの一作で満足して、もしくは不満足で、もうつくらない、とあきらめないで。
詩は規則を持たないため、あらゆる言葉の試みが許されているわけ。
それを実践するには一作では無理があるよ。誰かにつまらなくても、他の誰かには素敵だと思われるかもしれないし、詩作が自分のために効果があったなら、ひとまずそれでいいとしよう。注意事項としては、自身の文体・思考リズムに縛られないこと。
脳の中を丸ごと曝け出しても、あんまり面白くないんだな。作品と人格は別なの。
だから、自分らしさに固執してはだめ。

詩のいいところは、いくつかあって、ひとつは機微だと思うのよ。思考の視線をきゅにゅっと、ずらすような。
そしたら新しい視界がひろがる。その楽しさを感じることができたら船出したのと同じ。
あとは大海をどんな風に吹かれ、どこの港に寄るか、船長のあなたは日々を旅する。

いい朗読について。
詩人は役者やパフォーマーではないと思う。でも訓練とか練習とか場数とかが役にたつのは確か。 でもいちばん大切なのは、ちゃんと屹つこと。 自身と対峙した詩人の背には、沈黙がしずかにひろがっている。


上田假奈代 (詩人)
シタゴコロプロジェクト主宰。
1992年より数々のイベントの企画・制作・出演を行い、 トイレ連込み朗読など、さまざまな朗読を試み中。 現在はフリーライターしながら、まいにち着物、自転車に乗る。 www.kanayo-net.com

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<このページはC/P カルチャーポケットに掲載されたものを転載しています>
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