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それぞれの人生は、はじまってしまうものなんよ 夜の窓から風がはいってくる。 まだ靴下をはかずにいて、そのうちトイレばかり行くようになるのに、まだ靴下をはかずにいて、そのうち痺れてくる足首はひどく冷たくなるのに。はじまってしまっていることを、まだ背中のあたりでしか気づいていなかった。 友達は無駄をついやしてこそ友達やねん。恋愛もおなじで、恋愛をするために恋人になるわけやないねん。 川の土手や公園のベンチに並んで腰掛けて、足をぶらぶらさせながら、他愛もない話にやがて沈黙が訪れ、その静かな時間に身を浸す。しなやかな思い出となるには、この沈黙の深さが触媒となる。 気がつくと、一緒に坂道を走っていた幼い友達にも、わたしにも、人生ははじまっていて、この時代の風景のなかで、あそこではないここに立っている。いま選びとった時間は、まぎれもなく自分自身で選んでいる。何かに印象づけられたのではなく、誰かのせいでもなく。人は人生を担っている。それを忘れないよう、他者や自身とも、ことばを使って繰りかえす。 国を追われたブレヒトという詩人が語って、友人の批評家ベンヤミンが書きとめた走り書きを紹介したい。 「つまり、たとえヒトラーがいても人生はつづいてゆくのだし、いつの世にも子どもはいるのだ、という認識」(川村二郎訳) このメモから導き出されるのは「中くらいの認識」。日常を生きるわたしたちは、最良や最悪やひとりよがりに身を寄せて物事を判断するやり方で、巧さやあざとさや飾りで“そう言ってしまえることば”を使うのではなく、こころの真ん中、及び真ん中あたりのことばを選びたい。 わたしたちの日々、それは朝昼夜と、だらだらとつづく生活ともいえるのだが、同時にそれは、自身の今生であること。かたときも意識すること。その時、友達のように、ことばが役にたってほしい。 はじまってしまった人生を全うするために。 ●可愛らしさの年輪で、篠原千代 セピア色のアルバムを見せてもらいながら、この天真爛漫さは天性のものだろうと頁を繰る。戦争を10代で過ごしているのに、そこには愛らしい文学少女がいた。思わず、戦争のことについて質問をすると「終戦の時には、子どもながらに虚脱して、もう、はーって感じ。」それを乗り越えて生きてきたのだ、と思うと、なんともいえない気持ちになる。 彼女がつくる短歌には、おさげ髪の女の子のような仕草がある。ノートに縦書きされた短歌を拝読するうちに、いつしか真冬の激しい雪のなかに立つ1本の木が浮かんできた。南側は大きく、北側は狭い年輪。すっくと立つその人の短歌にわたしは返詩を書こうと、風渡る5首を選んだ。 ●ヒゲコ同士で、田村知恵 彼女のことを、ヒゲコさんと呼んでいる。 「どうしてヒゲが好きなんですか?実はわたしは、子どもの頃からヒゲをはやしたかったの」と彼女の自宅にお邪魔して、北海道名産巨大スイートポテトを食べながら尋ねた。「そうなの。わたしも。」と返ってきた返事に、わたしたちはすっかり姉妹気分。同い歳なんだけどね。 作品については、即決だった。ヒゲの詩。ヒゲコさんプロデュースのヒゲをはやしたわたしの顔イラストをヒゲ剃りマウスクリックすると、剃る度に詩が朗読される。マウスの動線によって詩が変わるのだ。こうして、わたしの夢はヒゲコさんによって叶えられることになった。 ----------------------------------------------------------------------------
篠原千代 shinohara chiyo 昭和2年大阪天満生まれ 40歳から短歌を始める 趣味はパッチワーク、読書てあたりしだいに、そばにある本を読むらしい ---------------------------------------------------------------------------- 田村知恵 tamura chie 1969年10月6日生まれ 大阪デザイナー専門学校卒業 卒業後何社かのデザイン事務所を経て、99年5月にc'pin!デザインスペースを立ち上げる 趣味でヒゲの男性の顔写真を集めたHPを作成 ---------------------------------------------------------------------------- |
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