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ライブラリよりわたしの1册
鳳仙花
中上健次 新潮文庫 \552
露地の奥に思い出を持つあなたへ:★★★★:上田假奈代
- ミュージシャンの勝野タカシさんから届いた包みを開けると1冊の本。
ココルームのライブでの出番まで事務所の机の前に座って、しずかに文庫本を読んでいた彼の姿を思い出す。本屋でみつけたからと、短く優しい手紙もそえられている。
その日から、地下鉄に乗るときはいつもこの本を開いている。ときどき、動物園前を乗り越してしまうが、反対側のプラットホームでも本を読んだまま顔をあげない。
パチとはぜる鳳仙花の、季節への区切りのつけかたが、主人公フサを思わせる。ページを繰り、12歳のフサが大人の女になっていく。中上健次は、フサを愛していたのかと思われるほどに、フサの白い肌とてのひらに包まれる乳房はなまめかしく、冬の和歌山の冷たさに冷たければ冷たいほど、正気を戻せるとでもいうように、彼女に井戸の冷たい水を飲ませ、冷たい床を触らせる。
戦争の前後を生きた女が、子どもたちのために今日の飯を得るために、なにを思い、なにを考えたのか。はさんだ栞のわたしは、あいかわらず軟弱なまま、フサのようなたくましさをもてず、なんとか勇気をふりしぼろうと必死なまま。
フサが幼いころ見た水仙が一面に咲く古座の海岸を、中上が愛しきれないほど愛したその地を、大阪の地下の暗い線路のうえで、いっしんにおもいだそうとする。
- 吹雪の星の子どもたち
山口泉 著 径書房 \2300
世界にみつけられたいあなたへ:★★★★:上田假奈代
- 序詞
生きる という言葉をつかわずに生き
愛する という言葉をつかわずに愛し
そして
そこに姿を映されるために、世界が
存在しているような
そんな、歌う宝石のかけら と
なること
頁をめくると、この詩。もう、目を閉じて、この本の厚みを指で触って、ただこころをあずけてしまう。少年少女の一昼夜が繊細な糸のような描写で綴られた物語の舞台は吹雪の星。暦法も度量衡も貨幣単位も地球とは違うこの星のことわざは「飛ぶことができるのは、重いものだけ。」
まだわたしが高校生だった頃、東京のちいさな出版社の本棚から社長自らが、なぜかわたしにプレゼントしてくれた一冊。今ではこの書籍は絶版になり、本屋では手に入れることができない。ココルームのライブラリにあるので、通って読んでいただきたい。
- 百年の孤独
G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 \2800(新訳版)
南半球の太陽を見たことがないあなたに:★★★★★:晴敏シウジ
- 36歳の私には子供がいない。
私の従兄弟達もどちらかと言えば、子供が少ない様子。
母方の祖父母には多くの子供達がいた(7人!)。
彼らは戦争の貧困をくぐりぬけ、努力をつづけた。
高度成長期の頃にはそれぞれに2名以上の子宝に授かり
一族は繁栄してゆくような気がしたものだ。
しかし、いつの間にか一族は衰えていた。
祖父母の子供たちの多くはこの世を去ってしまった。
私はあたりを見渡してみる。
豊かな夏は終わってしまったらしい。
『百年の孤独』の新訳版単行本の帯には次のように書かれてある
「20世紀を代表する偉大な小説」と。
確かに。これ以上面白い本は読んだことがない。ここには「すべて」がある。
混沌の中の息吹。若いはにかみと愚かさ。
年増女との情事に潜む衰退の種。
予言者の魂。
ホセ・アルカディオは木にくくられ
ウルスラは盲目になりながら家をきりもりし
レベッカは死の床で暮らし
アウレリャーノは英雄の狂気にとりつかれる。
小町娘のレメディオスは空のかなたへ飛んでいき
アウレリャーノセグンドは乱痴気騒ぎを続け
アマランタは処女のまま年老いた。
私たちが暮らすこの場所も、やまない雨に降られ続けるマコンドのようなものか
赤子の健やかな掌の中にも死は確実に存在しているが
年増女と抱き合うことも悪いことばかりではない。
孤独とともに生きる術を彼女は教えてくれるのだ。
- 風呂で読む 現代詩入門
平居謙 世界思想社 \951(税抜)
長風呂のあなたに:★★★★:上田假奈代
- 最初に。湯水に耐える合成樹脂使用の本書は、
湯あたりと詩あたりに注意が必要であり、
行水タイプのカラスな方にはあまりおすすめできない。
当初、本書はわたしのお風呂場にあり、泊まりにきた友人が風呂から出てこない、
という事態がたびたび起こった。
その間、
わたしはアイロンをかけたり、仕事を片付けながら、
妙に落ち着いた気持ちになったりした。
もちろん、わたしと風呂に入る男たちは、
たいてい詩の朗読につきあわされたことは言うまでもない。
山奥の温泉ホテルで住み込みをしていた当時は、毎晩温泉に浸かり、
本書を開き、ちいさな声で読んだりしていた。
友達がいなかったので、本書が唯一の友達だった。
人が裸になるのは、おおむね、生まれる時と、風呂に入る時と、
セックスをする時であろう。
裸のつきあい、なるものが、どこまで有効かは、わからないが、
裸で詩とつきあう時、孤独をかみしめることになる。
行間の白が、いっそう沈黙をさそいだすのだ。
- 水 泳
荒木昭好 著 成美堂出版
人生カナヅチなあなたに:★★★:上田假奈代
- 「図鑑コーチ」シリーズの22番目だそうで、
他にはヨットやスクーバダイビング(原文まま)などがあるらしい。
昨年、東京のお茶の水の坂を下った古本屋で購入した。
ココルームの打ち上げの日、
赤れんが倉庫アポリアの音楽家・小島くんが、夕方に現れて、
さっそくボトルを開けている。ライブラリの前で数杯目のグラスを傾けて、
この本を手にとって、しばらく眺めると
「これ、音楽になるやん。貸してーや」と言った。
「ごめん、ココルームのライブラリは閲覧だけなんよ。絶対返してくれる?」
茶色縁の眼鏡奥をのぞくと、
返してくれなさそうなので「ココルームに通いなさいな」と答える。
壁にもたれながら、
小島くんは「これ読むと、ますます泳げなさそうやな、
とくにバタフライ」と呟いている。
「ココルームの酒コーナーのアドバイザーになる」と
酔っぱらいながら胸をたたく彼は、ココルームに通いつめ、
泳げるようになるのか。
音楽が一本できあがるのか。
それとも、小島アルコール濃度が高くなるだけなのか。
- 蜻蛉日記 和泉式部日記
円地文子(訳)ちくま文庫
蛉のようにはかないのだろうと思うあなたに:★★★★★:上田假奈代
- 「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかはしる」
(あなたが来るかもしれない思いながら、ひとりで眠る夜の長さといったら、あなたにはわかんないでしょ)
この歌は百人一首に納められていて、なぜかわたしはこの歌を暗唱できる。
なんだかねちっこそうで嫌な女だな、と思っているはずなのに。
作者は右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)。
ともかく、この女が「蜻蛉日記」の作者である。
当時、流行の古物語が現実離れした作りごとばかりで、人生にはそんな奇蹟や幸福があることはなくて、
人並みでもないわたしの生身の日記を書き綴ってみたら、かえって風変わりかもしれない、
と始まる日記の作者は、人並み以上の女である。絶世の美女で、
なおかつ陸奥守藤原倫寧を父に持つ名家の娘であった。
ところが、まあ、けっこう不憫な「妾人生」を歩む。プライドが邪魔して好きな男に素直になれないのだな。
今も昔にも、よくある話である。
ただ、今と違って男女は歌をかわす。この日記のなかにもその歌のやりとりが描かれている。
行間には、はかなく、けれどコケテッシュで、機微に富んだ愛情が見えかくれしている。
夜の湖のうえの月のような。
- イリュージョン リチャード・バック(著)
村上龍(翻訳) 集英社文庫
人生の大海原の前でしゃがみこみたくなるあなたに おすすめ度:★★★★★:上田假奈代
- きっと、選択は、想像力とコトバなのだと思う。 そして愛やね。
読み終わって「空を見上げろ」と村上龍が言うので、
走る電車のなかで肩を傾けて首を回して、空を見あげた。
窓枠を超えて、ナナメに、直線の送電線と青い空が見えた。
近鉄電車京都線の八木駅あたりを通過した電車のうえに、空があった。
今から、15年くらい前の話だ。 その空は、今日の空へと続いている。
主人公リチャードと飛行機乗りの救世主・ドンの出逢い頭のシーンが秀逸である。
「待たせたね」
「遅かったじゃないか」
空を降りてくるプロペラ機の、近づいてくる影は大きくなって、
ふたりは既知の友人がひさしぶりに出逢うように話しかける。初対面であるにもかかわらず。
なんだか泣けてくるシーンなの。
彼らはきっと、もう二度と巡りあわない別れ方をするだろう、その暗示を読み取るのだった。
でもそれは、当たり前のこと。かならず、人は別れる。
死が訪れるその迎え方に似た出逢いを彼らは、草のうえでする。
高校生が読む本として、同作者の前作「カモメのジョナサン」は、最終幕での過剰な美意識が鼻についた。
次作の「One」では、説明的すぎる底浅い文字面が、
棚上感(なにか大切なところを棚の上にあげてしまった感じ)で、
一緒につり革を持とう、という気力が萎えてしまう。
今でも、ウエダの机のうえでは見開きのまま「イリュージョン」がプロペラ機の音で、
水のうえ歩く想像力で、人生の後悔のしない生き方を、教えてくれる。
- 空の青さをみつめていると
谷川俊太郎(詩) 角川文庫
春の霞にもっと深く眠りたいあなたにおすすめ度:★★★★★:上田假奈代
- 生まれて、いちばん最初に読んだ絵本は、谷川俊太郎だ。
気にいって暗唱までできるようになった。
ウサギとカメが追いかけっこをして、月まで行ってしまう。
勝ったのは、鈍重だけれどあきらめないカメの方だった。
さて、日本一有名な詩人といえば、谷川さんだろう。
彼の詩集のなかでも、
このサイズはポケットに入るので、通勤通学におすすめである。
すこし分厚いけれど、この厚みがポケットを膨らませ、
青空を潜ませているような、そんな詩集。
処女詩集「20憶後年の孤独」から「62のソネット」、
「未完詩編」などが収録されているが、
なかでも「旅」シリーズの鳥羽を巡る紀行詩がいい。
彼は、いくつもの机で詩を書く。
「机を変えること、それが旅だ」と、
なにかのインタビューで答えているのを読んで、
さすが詩人だな、と思ったものだ。
あなたは机を変えて、旅をするか?
ラジヲのチャンネルを変えて、旅するか?
仕事を変えるか?引越しするか?恋人を変えるか?
いろんな旅のしかたを考えてみる。
変わらないようでいて、変わっている日々を旅している。
ポケットのなかの空を、指で触りながら。
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