「生きる」
未来は未知だ。可能性とは不可能性を含み、可能性だ。可視と不可視の人生。
府知事という仕事を、府知事その人の人生のなかでどう感じているのだろう。
大阪で何万という人が生きて死に、もちろん世界で何億という人が生きて死に、そのなかで、ひとりの人間として公務をになう人生とは。
めぐりあう言葉を持つために、わたしたちは生きる。喜びも悲しみも過ぎゆくものだとしても、この星の輝きをいま見ることはできないとしても、孤独の引力がひきあう星で。
「今日の埃」
- くすくす笑う。まっすぐ目を向けると、足をおりまげ「マメができて3センチ背が高くなったよ。痛いんや。」顔をしかめてから、くすくす笑う。箒を持って、その人は扉の向こうに消えた。廊下には塵ひとつない。右足から左足へ重心をうつしながら、ゆっくりと今日の埃を集める人。
「財布の中身」
- さぐる。考え方をさぐりながら、夜になる。おりあいをみつけるために、じっくりと人と話す。さぐる。折ったところで知恵を触る。財布の中身に仕切りをつけていく。秒針が揺れる。知恵と判断の雨が降る。眼鏡を拭く。財布が軽くなる。ある日、水たまりは空を映す。
「みつめあって聴く」
- 不思議なこと。耳だけで聴くのではない。まばたきを忘れるほどに目で聴き、細胞のリズムをその人にあわせ全身で聴く。こころで聴く。ぢっと聴いていると、相手は言葉をめぐりながら、道の入り口を自分でみつけていく。透明な扉をたたき、扉の向こうに歩いていく。振りかえらない人の背中を見送り、音もなく、耳をそっと畳む。
「深爪」
- 大手前高校のグラウンドから歓声が聞こえる。窓辺に目をやっても指先は白い紙を触っている。指は文字をなぞる。爪にピンッとあたる「戦争」の二文字。深爪。時間と時間と時間、傷と傷と傷と悔い。群がる羽音。舐めても苦い。数字が揃わない。窓からカレーの匂いがした。カサブタを掻く。乾いたものが乾いていない。足音がして、ドアノブがまわる。とつぜん明日がやってくる。
「逆立ち」
- みつめていると、みつめられている。「地域のね、とくにね、女性たちの情熱がスゴイんですよ。自分たちでやらなあかんって。どこからあの情熱が湧いてくるのか。」ひとりの人間のヒラメキから動き出す。山は見守る。木々が枝葉をのばしていくのを。お金儲けをする仕事ではない。小さな葉が枝にしっかりつかまれるように守る。見守る人を見る。
「お金」
- 生きていれば、一年づつ歳をとる。経験を積んで仕事を勉強する。見知らぬ人生を思い馳せる。見てきた風景を脳裏に、うたをつくる。大きなお金を動かしたかった。母は幼いころに死んだ。みんなが納得するために説明する。みんなとは誰か。嫌なことも通り過ぎたけれど、想像よりも先に、新しい技術は本当に役立っているのか、それはわからない。
「視野」
- ピンポンのように跳ねる。ぶつかって跳ねかえる。困っている人。辛い人。跳ねかえる。うまく戻れない。手を伸ばせない。役に立てない。歯痒い。視界のなかでピンポンは音もなく空気に接触しながら踊りはじめ、やがて息を吸って吐いて喋りだす。お互いの母国語の響きに耳を傾けながら。
ピンポンのように跳ねる。ぶつかって跳ねかえる。困っている人。辛い人。跳ねかえる。うまく戻れない。手を伸ばせない。役に立てない。歯痒い。視界のなかでピンポンは音もなく空気に接触しながら踊りはじめ、やがて息を吸って吐いて喋りだす。お互いの母国語の響きに耳を傾けながら。
「夕焼け」
- 誰のために美しいのか。
一生を生きるために、何があればいいのか。
自分の内側から湧きおこる小さなものと、外側からやってくるものが反応して、巻き起こる何か。わからなくても尊いものが流れているのを感じる。仕事は生きる道具のひとつ。誰かのために。今日も窓の向こうに空がある。
健康福祉部 医務・福祉指導室
事業者指導課 指定グループを訪ねて
「おはよう」
- 光は照らす。光は影をつくる。交互に。前線はつねに日常の底辺にある。蒸発するたびに目にみえないものが網目に膜をはってひろがっていく。氷のうえを歩くように、はじめたばかりの仕事は足先に緊張がつづく。思い出す名前を呼ぶ声。足裏が床を踏み、顔をあげて温度の感じるほうへ声をかける。
「七割絶望」
- 力のある人の声がとおる。扉をたたく音。足早に廊下を歩いていく音。束ねられた書類。きこえない声を聴き、つながって、つないでいくことが大切だと思っていても、ことばにならない。目を瞑って一筋の光をたどる。いつも遅すぎることはない。行間の沈黙を誘いだす月夜があるように、頁をめくる一人からはじまる。
知事公室 広報室 府民情報課 公聴相談グループを訪ねて
「足跡」
- 日中戦争から2つの戦争7年間。朝鮮と中国の前線で友を失った。「よく、いのちを持って帰れたね」と大阪の土を踏んだが、前職追放。知事に声をかけられ、府庁の福利厚生を任される。食堂や売店をつくり、まじめに働く。下を向いて現在89歳。大笑いし、大きな声で挨拶をするのが長生きの秘訣。「だんだん、世の中、悪くなっていくね。誰が悪いんやろね。」
「糸の先」
- どんな人にもよいところがある。みつけて好きになる。そのとき、本心から言葉を交わせる扉のノブに手をかける。はじまりはいつも未知だ。新しいことに挑戦するのは誰だって不安。どんな夜にも朝は来るから、(勇気をだして)踏みだしてみる。糸の先に紡がれる未知へ。「これ、どう思う?」率直に聞いてみる。
「地面の上で」
- 息子とふたりで山に登った。そして話し合った。数えられないほどの街の光。無数の人生が夜のなかで点滅していた。見知らぬ誰かが誰かと寄り添い、互いに孤独であり、日々に働き、眠り、生まれ、死んでいる。人生は用意されたものではなく、自分で見いだしていくもの。そこに立って守る仕事。とにかく、自分の都合だけで孫にあいにいくのはいかん。
総務部 施設管理課 庁舎管理グループ 守衛室を訪ねて
「木のように」
- 市電に乗って、お父さんに手をひかれて見た大きな建物。何なのか判らなかったその建物でいま働いている。人には立場があり、制約があり、その狭間で身動きがとれない時がある。そんな時には、木のように立ってみる。背筋を伸ばし、地面と空に身をあずけて、素直に考える。考えがみつかれば、あとはどう動くか。道がひらけてきたら、木の根っこを忘れない。
「事務系の惑星に住んでいる」
- ひとさし指が机を連続的にとんとんと音をたてずに触れている点があり、一直線にまっすぐ結ばれた封書のように天満橋で電車が行き過ぎていくのを見た。いつも何かを見送り、いつも何かをその目で追いかける。仕事は仕事。目に見えない仕事を子供たちに話す。「大阪の困ってる人たちを助けるんよ。」昼、居間、大きな窓。家族4人。
「両立」
- 6:30 ビルの谷間に大阪の夕陽が沈む。毎日窓の向こうの空を見ながら娘に電話をかける。美味しかったスパゲッティを買ってきて、と娘。帰ってみると半分残している。「ひとりで食べたら美味しいスパゲッティが美味しくなかったの。」ぎゅっと抱きしめる。仕事と子育て。自分だけで空回りしないように。自分をしっかり持つこと。育つわたしたち。
生活文化部 府民活動推進課
安全なまちづくりグループを訪ねて
「シロアリ」
- どこまでが仕事か。バランスが大事なのではなく混ざりあうこと。この社会で一人の人間として生きることをみつめる。机に座って動かず、仕事を待ってるだけで、愚痴をまくために飲みにいくくらいなら、自分を磨き、動き出せば。ここに安住していないで、外にでなさい。公的な人間ほど、感受性のアンテナをはり、耳を澄まし、聴こえない声を聴き、ふるえる言葉の意味を考えなさい。
「鼻」
- 七つの時計が並んでちがう時刻をさしている。世界の今を生きている部屋へ向かう朝。喫茶店で本を開く。鼻が光をみつける。「なんとか、やれるやろう。」白い行間のなかに明るい自分を発見してから仕事に向かう。忙しくてなかなか接することができない幼い子どもをママチャリのうしろに乗せてまちを走る。休日。季節の風をとらえて、買い物カゴのなかで夢がカタカタと鳴る。
「数珠」
- 親父は高一のときに死んだ。どう生きたらいいのかわからなくなって、学校にも行かなくなった。親父が残してくれたもの、まわりのささえ。すこしづつ気がついた。人にいかされてるって思うようになったのは、それから。人はつながっている。子どもが生まれたいま、未来の子どもたちにつなげていけることを考えて仕事をしたい。仕事にはジレンマもあるけど、誰かがやらんとね。俺はここで仕事をする。
「廊下で」
- 学生運動下火のころの青春は、ぽかっと穴があいたようなしらけた気分で、くすぶった正義感が乾いて貼りついていた。働きはじめて数年後、廊下で、障害のある娘を育てる母親に相談された。そのときに何も応えられなかったことを今も忘れられない。窓に吹きつける風の音。言葉がでなかったことを。ちいさなしあわせをむすんでいく。それがわたしの仕事だと思っている。こうして公務員を30年つづけられて、しあわせだと思う。
「滑走路」
- 喜んでもらえる仕事もあれば、誰もやりたがらない仕事もある。多くの人から反対され遅々として進まない仕事でも、それを担わなければならないことがある。未来をみつめ、こころから信じるならば、どうしても。
絶壁を上空からみれば、臨海。なだらかに一本の線。自然と人がともにつくった線。海には白い波の線。まっすぐに滑走路は一行の言葉を運ぶ。何世代にも渡って生きていく道。
「夢」
- 一本の樫の木が大地に深く根を張り、空に枝葉をひろげて、空にむかって問う。「ここでこうして生きてきて、みんなに感謝している。この場所を守り、果たす仕事の意味もわかっている。けれど、ずっとこの場所でいいのか、わたしらしいやり方が他の場所にあるのか?」日が暮れるまで樫の木は働き、夜空のなかで眠る。グランドで若者たちが歓声をあげて白いボールを追いかけ、また別の若者は仲間に声をかけ球場のベンチをひとつづつ雑巾で拭いている夢をみた。
「すなやま」
- 一生仕事をつづけられるようにと公務員を選んだ。誰かの役にたち、自分に正直でいられる仕事として。身体が弱くてよく学校を休んでたけど、就職してからは休まなくなった。砂山を歩く。女性であること。人に話すのがちょっと苦手なこと。一生懸命仕事をしていても、なかなか自信につながらないこと。子どものころから、いつも聞き役だった。時間が積もり過ぎていく。遠い国から運ばれた砂の風は砂山のかたちを変えていく。
「担当者」
- 詩人担当になったらしいその人に案内をたのみ、府庁本館を何度も下見に訪ねた。インタビュー先の執務室に連れていってもらうこともあった。よく似た廊下を方角も迷わずに歩く淡い色のワンピース。部署の移動は府職員の常であることを教えてもらう。歩きながら話す。扉を開けたら、いつも別の仕事場で、間に立ちながらどんな風にバランスをとっていたのだろう。視界のつづく限り廊下で、左右の景色を指でそっと触る。
生活文化部 文化・スポーツ振興室
文化課 にぎわいづくり推進グループを訪ねて
「信じる芽」
- 大人とよばれる世代の価値観。若者の価値観。どちらが正しいのか、答えがでない。すべてを否定をする息子といまは話すことができない。だまって見守っている。扉の外で耳をかたむけながら。
若者たちの未来の社会へつながる仕事を毎日の業務とし、組織のみんなと協力して真正面から取り組むこと。逃げると追いかけてくるから。夢と目標を持ったら、かならず芽はでてくるから。
「府議会議場」
- コの字型の二階席の、コの三辺のすべてに座ってみた。コの上辺も1辺も下辺もいつもさびしい茶色の椅子。ショールは外套扱いなのでロッカーに預けるようにと促され、肩に駱駝色の風があたる。警備の人は濃い水色の柱のように立っている。議場は一階にあり、前方に議長席や知事、府職員の二列の席、議員席は扇形に広がり、議場左右にも背広席がある。天井はずいぶん高い。議会が終わると、わたしの座った部分を白い天井に跳ね上げる。
「府議会の昼」
- 知事は白金の刺繍のはいった椅子に腰掛け、右腕を肘掛けにあずけ表情を変えない。議会は電車に乗っているように進む。昼間の太陽を浴びて目をあけていられないほどに光る線路があり、線路は地表から生まれつづける糸のようだ。その線路の先をみつめているのは一体誰なのか。揺れる電車。音もなく揺れて、名づけられた名前を呼ばれ、手をあげる人がいる。
「しずかなエレベーター」
- 府庁本館は大正時代に建てられたらしい。手直しされながら、今日も何百人もの人が働いている。朝九時ころ、エレベーターに乗り込んだ。誰も言葉をかわさず、沈黙のモーター音。ちいさな箱がほんのすこし空に近くなる。廊下を歩いていると、さっきも歩いた廊下に思えてきて、方角もわからなくなってしまう。府庁で働く人に追い抜かれながら、この建物の朝のしずかな呼吸を聴いている。
「府庁と大阪城」
- 毎日のように府庁を訪ねるので、府庁への行き方を何通りか試してみた。お昼休みに大阪城でお弁当を食べてみた。堀を渡る橋のうえ。猛烈に眠くなって転がって眠る。夢をみていた。カサコソと音がして「猫かな」と薄目をあけると、男の人がこっちを見て立っていた。
お堀に身を投げようとして、飛び込めず、嘆いて伏せている人だと思って心配してくれたそうだ。「二時前に起こしてね」と頼んだ。
「府議会六日間」
- 府議会の開会式ではノーネクタイの白いシャツ。十月にはいると背広になった。襟にはいつも赤い羽が咲いていた。議長に名前を呼ばれると、手をあげて「ギチョー」と言う。耳慣れるまでは、見知らぬ異国の昼の挨拶のように聞こえた。話し終わった人が緋色の床を歩いて席にもどり、椅子に腰掛けるのをみてから、議長は次の人の名前を呼ぶ。名前を呼ばれて手をあげて「ギチョー。」
「府議会ダンス」
- 幕があがると一斉に舞台の立ち位置につく。議会は台本のあるダンスのように見える。名前を呼ばれて手をあげて、意見を言ったあとには席に戻る。身体を持った人がひとりだけ、歩いていく。緋色の床は足音もたてずに歩く。どんなに席が遠くてもその人が椅子に座るまでは一シークエンスであり、無音の時間として構成される。
「上下ノ視界」
- 両腕をまっすぐに伸ばす身体の側面に。指先までまっすぐに。丁寧に一礼するその姿は議会への接し方であり、一度も揺らがなかった。A4の紙束を机の表面にあてる。トントントンと紙を整える指先。多様化にむかう社会の多様さに耳を傾けること。それが使命だとして。指先のふるえることも許さない。「待ったなし」の言葉の意味の深さ。一階席のあなたを二階席傍聴席からみつめていた。